LOG IN

大岡裁きと大切な体を思う気持ち

by 米田将司

「大岡裁き」って知ってる?

オーオカサバキ?
なにそれ?

昔の奉行所で、一人の子供に対して、
「私がこの子の母親です」って二人の女性がいたんだよ。
すると大岡越前が、
「子供の手を引っ張り合って勝った方を実母とする」って言ったの。
そして、二人の母親が子供の手を引っ張り合ったんだけど、子供が痛がって泣いたら片方の母親が手を離したんだ。
最後まで引っ張ったほうの母親が子供を連れて帰ろうとしたら、
大岡越前が「その子は手を離したこちらの母親のものだ」と言ったわけ。
すると勝った方の母親は、「引っ張り合って勝った方の子供だと言ったではないですか!」と抗議した。
そこで大岡越前はこう言った。
「本当の母親なら子を思うものである。痛がって泣いているものをなおも引く者がなぜ母親であろうか」
っていうお話なんだけど、どう思う?

深イイねぇ。
本当の母親なら、痛がってる子供の手を引っ張り続けることはできないよね。
これが夫婦で引っ張り合うとなると、昼ドラみたいにドロドロして面白そうだけどw
で、この話がなんかあるの?

今日は長々と話さないよ。
「本当の母親なら子を思うものである。痛がって泣いているものを、なおも引く者がなぜ母親であろうか」
これを置き換えてみる。
「本当に大切な自分の体なら体を思うものである。痛がって泣いている体を、なおも揉んだり押したり叩いたり引っ張ったりする者がなぜ大切と言えるであろうか」


子を持つ親心

この話、「親心」だよね。
大切だからこそ、痛がっている子の手を引っ張り続けることができなかった。
前に、心と体は親子関係と同じって話したよね。

そのままなんだよ。
大切な体なんだから、揉んだり叩いたりやめようよってこと。
マッサージで楽になった、は勘違いなんだよ。
マッサージするとほぐれるっていう思い込みなんだよ。
信じられないならさとう式リンパケアやってるところを探して行ってみるといい。

大切だからこそ引っ張るのをやめようよってことだね。

そういうこと。
こんなことを言うのも、これを読んでくれてる人が大切だからなんだよ(^^♪
っていう愛情で締めてみる♪

計算高い♪



最後まで読んでいただきありがとうございます。
メールFacebookでコメント・感想いただければ、とっても幸せです。

ホームページはこちら

Facebookページはこちら


米田将司
OTHER SNAPS