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私のこと~その3~

by 米田将司

「私のこと」

「私のこと~その2~」

に続きまして、「私のこと~その3~」です。



中学を卒業し、

無事に?岡山の高校入学となった私は、

毎朝片道数キロの駅までの道のりを自転車で通い、

そして1時間半程かけて電車で学校へ通っていました。


男子校だったのでやはりここでも、

なめられてはいけないという気持ちと、

とにかく目立たないといけないという気持ちで、

入学後しばらくしてから、

パンチパーマにしたのでした。



当時の高校生でもさすがにパンチは私くらいだったので、

ヨッシャ!という気持ちでした。



しばらくは、なんとなく学校へ通っていましたが、

2学期あたりになると登校せず、

岡山駅周辺をうろうろして、女子高生をナンパしたりしていました。

しかしここでもヘタレでシャイな私は、

自分からは声を掛けず、

連れに声を掛けさせ、

それを自分がいただくという、

なんともあくどい方法をとっていたのでした。


ただ、当時はなぜか異常にモテたので、

「どうせ俺の思うようになるし」

と、かなり調子にのっていました。。


童貞卒業もこの頃。


ポケベル世代の当時は、

電話帳には女子の番号がギッシリ。

一皮剥けた私は、その女子達とカラオケに行ったりして遊びほうけていました。
(カラオケではBOØWYにジュンスカ、当時のお決まりでした)



女子と遊ぶのが好きというよりは、(好きですが)

「モテてる」ということで自分が認められてる、

と感じたかったのだと思います。

これ!というものが何一つなかった自分を、

そういったことで安心感にしたかった。

自分の存在を誇示したかった。

今思えば、とても弱くて小さい男だったんですね。



電車を途中下車して、遊んだりもしていました。

ここでもやはり、シンナーです。

連れの家でシンナーをやり、下校時刻になると帰るという、

規則正しい生活でした。



こんな調子だったので、当たり前ですが2年には進級できるはずもなく、

高校生活は1年で終わりを迎えました。

最初から進級する気がなかったんです。



ただ、「早く自分で稼ぎたい」という想いはずっと強くあったので、

夏休みに連れの紹介でアルバイトしていた、

配管工として働きだしました。



「自分で稼ぐ」気持ちが強かったからか、

仕事はほとんど休むことなく、早く仕事を覚えようと真面目に働いていました。





暴走族という、お決まりのパターン。




そんなこんなで、いつからかシンナーもやめ、

「楽しそう」という興味と、

「稼ぎたい」という気持ちで、

夜の世界~ホスト~としても、

昼夜掛け持ちで働きました。

こんな感じでした。
(柄シャツ肩パットに髪はメッシュという当時の最先端ファッション)


高校時代に習得した、(したと勘違いしていた)

女子をその気にさせるテクニックを駆使し、

昼間は二日酔いで吐きながら仕事することもあったりしましたが、

楽しくやっていました。(よく体力もったものです)



そして1~2年程続け、夜は辞めました。




それからしばらくして、

今でも自分の中で大きな傷というか、トラウマというのか、

そんな出来事があったのです。




次回へ続く~



米田将司
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