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私のこと~その4~

by 米田将司
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「私のこと」

「私のこと~その2~」

「私のこと~その3~」

に続き「私のこと~その4~」です。



高校を中退し、配管工の仕事も5年目になる20歳の頃でした。



一通りの仕事は自分でこなせるようになり、

頼られる存在にもなっていて、やりがいもありました。



ただ、色々なトラブルがあり、

しばらく我慢していましたが、

「辞めたい」

と思い、そのことを伝えたのですが、

なんだかんだと理由をつけて長い間辞めさせてもらえませんでした。



嫌だ嫌だと思いながらも、

自分ではそこまでストレスを抱えている自覚はなかったのですが、

ある日、髪が抜け落ちたのです。



あれ?と思い、髪をつかんで軽く引っ張るだけでバサバサ抜ける抜ける。



数日で、頭は世界地図のようになっていました。



歳は二十歳。

お洒落もしたいし、

女の子とも遊びたい、

皆でワイワイ出掛けたい年頃。



帽子を被っても生え際がない。

あきらかに変だ。



仕事以外で外出することは減っていきました。



それからしばらくして、なんとか辞めることができたのですが、

髪が生え揃うまでは、どんよりとしていました。




悩んではいけない。

もう色んなことを考えるのはやめよう。



今思えば、悩まないようにすることに悩むようになっていました。



会う人皆に対し、この人は自分のことをどんな目で見てるのか?

物凄く気になるけど気にするとまたハゲる。

そうして段々と人の顔を見ないようになっていきました。



どう思われようが気にしなければいいこと。

自分は自分。

そう思いながらもどこか気にしてしまう自分が常に居たように思います。



友達付き合いも減っていましたが、

その頃の私を気に掛けてくれていた友達は、

今でも付き合いのある、大切な友達です。





それから経験した仕事は…


同じ職種の配管工

探偵(笑)

配管工

溶接工



その間に始めたのが、

総合格闘技「修斗」

22歳くらいでした。



きっかけは強さへの憧れ。

小さな頃から、ジャッキーチェンのカンフー映画の真似をして遊んでいましたが、

常に弱かった自分を変えたかったのです。



当時は総合格闘技イベントのPRIDEが流行りだした頃。

加古川の道場に一人で入門しました。


始めた頃はガリガリです。



運動神経は悪くなかったので段々と強くなっていき、

西日本大会で優勝したり、

全日本大会に出場するくらいになっていました。



勝つという喜びは、小学校の陸上時代以上に大きくて、

自分の力で勝ち取ったという自信になりました。


タウン誌に載ることもありました。



ウェイトトレーニングとの出会いもこの頃。

格闘技で強くなるために始めたトレーニングでしたが、

やればやるほど変わっていく身体が楽しくて仕方ありませんでした。

今の基礎ができたのは、この時だったように思います。

いつしか同じ階級でも、パワーで負けることはなくなっていました。




妻との出会いもトレーニングがきっかけです。

当時、妻が働いていたジムで出会いました。



そんなこんなで同棲し、

同棲すると子供ができるシステムなので(笑)

結婚することになりました。

28歳でした。



格闘技は30歳で辞め、

普通に働き、家族と過ごす日々を送っていました。




次回、フィジークとの出会いに続く~

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米田将司
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